長伐期林業と外山三郎先生

2008年8月1日
大貫 仁人

 ここ私の机上に『外山三郎92年の軌跡』(平成20年3月、七回忌記念)という記念誌があります。遺族の方が編纂刊行されて当会にご寄贈いただいたものです。林木育種の分野での大御所であった外山三郎先生についてはご存じのことでしょう。当会の代議員も務めていただきました。この記念誌には先生の数々の業績や受賞についての記録がありますが、昭和61年第4回朝日新聞森林文化賞「森づくり」部門での優秀賞受賞について記載があり、その受賞理由は「あなたは半世紀に及ぶ林木育種でスギの品種改良を進め、全国的規模の遺伝子保存と材料供給基地形成に貴重な研究業績をあげました」ということです。これは主に「津川山スギ品種改良試験地」(岡山県津川山国有林内の約3ha)に係わる調査研究業績を対象にしたもので、先生が昭和18年に設計造成し、ご自身で50年以上にわたり生育調査(最終平成2年まで)を続けた試験地での研究成果です。先生は、この成果を『スギの遺伝子保存と育種――種子及び苗木から樹齢50年生までの総括――』(平成6年4月、ながと印刷)にまとめています。全国のスギの系統の大部分を一カ所に集めて比較した研究は我が国では他に例がありません。貴重な試験地です。この研究成果の一つは、「50年生時に、遺伝的に優れた系統を選び、その中から特に秀でたスギの精鋭樹を一本決めた」ということです。10年位前に先生からその成果のほんの一部をお聞きする機会があり、長期間を要する樹木の生長について大変興味を持ちました。その後先生は、わざわざ上記の著書を贈って下さいました。この著作の中には、付表として「3年生(第1回)より50年生(第11回)までの各家系(101家系と津山地方の地元産スギ)の生長調査表(胸高直径、樹高、材積)」も掲載されています。この「調査表」を使って先生から聞いたことの一部をご紹介することと致します。

表1 「津川山スギ品種改良試験地」調査結果(外山)
  調査時点毎の材積生長の順位(大きさ方から)
「津川山スギ品種改良試験地」調査結果
No:家系番号、H:地元産スギ、( )内は単木材積

 表1は、各調査時点(15年生、23年生、35年生、42年生、50年生)の調査結果から材積の大きさで順位をつけ、10位までを列記したものです。家系番号(単木平均材積(m3))で示しました。各家系は列状に植栽されており、8~26本の測定値の平均値が記載されています。この調査表から次のことがわかります。

  1. 各家系の順位が調査時点毎に大きく変化する。
  2. 1位と10位の材積差は7%~19%もある。
  3. 材積の最小値/最大値の比は0.22~0.30であり、全平均値/最大値の比は0.60~0.69であった。
  4. 15年生時でトップ10位のものが50年生時にトップ10位にとどまったものは3家系のみであった。
  5. 23年生時でトップ10位のものが50年生時にトップ10位にとどまったものは4家系のみである。
  6. 35年生時でトップ10位のものが50年生時にトップ10位にとどまったものは8家系である。
  7. 42年生時でトップ10位のものが50年生時にトップ10位にとどまったものは7家系である。
  8. 50年生時での1位のNo.212の順位の変化:
    C(15年生時)→→B→→②→→①→→①(50年生時)
  9. 50年生時での2位のNo.141の順位の変化:
    D→→B→→⑥→→④→→②
  10. 50年生時での3位のNo.123の順位の変化:
    ①→→⑫→→⑩→→③→→③
  11. 50年生時での5位のNo.91の順位の変化:
    B→→⑮→→①→→②→→⑤
  12. 15年生時での2位のNo.128の順位の変化:
    ②→→⑲→→D→→C→→C
  13. 15年生時での3位のNo.35の順位の変化:
    ③→→⑥→→⑨→→⑦→→⑧
  14. 15年生時での4位のNo.103の順位の変化:
    ④→→B→→B→→B→→B

  
なお、ここでの記号は下記の通りです。
 ①~⑳:順位
 A~E:最大値←A→上位20%←B→上位40%←C→下位40%←D→下位20%←E→最小値

 先生は、「成熟期(40、50年生)の生長分析」で次のように総括されています。
ア 生長に、ワセ型、オクテ型、持続型の3型があることが証明された。
 例えば、ワセ型:(12)と(14)、オクテ型:(8)と(9)、持続型:(10)と(13)
イ 不良家系の選定は23年生時或いは、それ以前15年生時でも差し支えない。
 例えば、(9)のようなケースもあるので、23年生時のほうがベターか?
ウ 15年生時に選抜した精鋭樹候補木4本は、23年、35年生時には全て精鋭樹の資格 を失った。
 例えば、(4)と(5)と(6)
エ 35年生時、新しく選抜した精鋭樹候補木3本の内2本は50年生時には脱落し、No.141の1本だけが残った。
 例えば、(6)
オ 中幼齢期、壮齢期の材積生長上位20位の個体が50年生時にも引き続き20位に入る確率は15年生時15%、23年生時45%、35年生時60%、42年生時75%であり、早期の精鋭樹選抜は危険であることがわかった。
 以上の中で、「例えば」の記入は私の挿入です。以上のように、スギ家系の生長の様子は、あたかも人間社会の中でも見られる現象のようでもあり面白いと思いました。表1からもNo.141の急激な追い上げで、50年生時で1位のNo.212が60年生時にその順位を維持できるか疑わしいようにも思われます。100年生時、150年生時ではどのような様子になるのか知りたいものです。
 また、造林事業における家系(品種)の選択や育種がどの位重要かも納得できます。例えば、(2)からも分かるように、50年生時で1位の品種を選択する場合と10位の品種を選択する場合では最終収穫に2割も違いが出るということ、平均的なものを選択すると4割も収穫が落ちてしまいます。
以上は、材積生長の視点のみからの分析ですが、品種の選択には材質的な視点、リスク回避的な視点など他の要素も加味する必要があるでしょう。先生は、枯損の分析、成長型の変異、遺伝力の変異、幹型の変異、木材組織、木材の曲げの強さについても研究をされています。
 現在、多様な森林づくりの一つとして「長伐期化」が政策的に推進されていますが、明確な生産目標や機能発揮についての社会的要求を受けて展開しているとは言い難い面があるのが現状でしょう。品種の選択は、長伐期施業では特に重要で、地域毎に、また、各林業家毎にそれぞれの知見をもって行われているものと思います。なかなか冒険は出来ないと思いますが、この様な研究成果が早く活用することが出来るようになれば助かるでしょう。
 長伐期林業を展開するには、技術体系の問題や、リスク管理や継続的収入確保などを含む経営管理の問題、税制の問題など、また、大径木材の高付加価値化や長伐期林という場の多様な活用法など多くのことを学ぶことが必要でしょう。『山林』誌でもいろいろな視点で取り上げていきたいと考えています。
 平成20年度の当会「現地研修会」の日程が決まりました。『山林』8月号の裏表紙に「お知らせ」を掲載しています。「吉野林業と伊勢神宮宮域林への旅―長伐期林業と日本文化の源流を訪ねて―」が研修課題です。是非、皆様の参加をお待ちしています。長伐期林業のメッカ「吉野」で多くのことを学び、皆様と議論をしていきたいと楽しみにしています。神宮宮域林についは、平成19年10月号(No.1481)~12月号(No.1483号)の表紙写真と神宮司庁営林部長の金田憲明さんの「表紙写真に寄せて」の記事がありますので参考にして下さい。当会主催の造林奉仕を顕彰して建立された記念碑を囲んで集合写真を撮りたいものです。

2008年8月 大貫 仁人