雪ありて十日町 雪の研究100年 ―森林総合研究所十日町試験地 創立100周年記念―

2017年9月20日
田中 潔

 標記の講演会が平成2017年9月24日、新潟県十日町市の「クロステン十日町」で開催された。十日町試験地は日本の雪の研究の聖地である。世界的にも著名。しかし、職員わずか2~3名、敷地面積1.35ha、しかも借地という小さな研究施設が、よくぞ100年存続できたということに感銘を覚える。
 この100年間には、何度も存亡の危機にさらされてきた。とくに、2001年の独立行政法人化の前には、各地に分散する試験地がすべて見直しの対象となった。行政の減量化・効率化を推進するための「行政改革」の一環として進められた独法化の波は大波だった。当時、森林総合研究所側の窓口だったので、何回も関係省庁から呼び出しを受けた。
 100年間持ち続け、さらに次の100年を目指すことができた最大の理由は、ここに滞在した職員の努力とその研究業績にある。日本の雪の研究をずっとリードし続けてきた。
 今回の記念講演会は、多くの研究集団を擁する雪氷研究大会と共催であった。順番からいえば北海道大学の番だったが、十日町試験地の100周年を祝うために、開催地を変えたのだそうだ。
 十日町地域での雪の観測、研究、文化、災害対策などがテーマ。元職員の遠藤八十一氏が「日本の積雪研究のはじまり」と題し、1917年3月の試験地創設時の様子、とくに、雪の分類と名称の決定、雪の密度、硬度、抗張力、抗剪力の測定に関する様々な創意工夫について述べた。雪の研究は未開の分野だった。やりがいは無限だったということが分かる。
 ついで、現試験地長の村上茂樹氏から、「十日町試験地のあゆみ~雪国の生活から気候変動まで~」という題で、雪と森林との関係、とくに、雪崩や冠雪害防止と降積雪変動研究について説明があり、さらに、雪国生活をいかに楽しく過ごすかという点へのアドバイス(札幌よりも早い「雪祭り」を考案、快適に過ごせる雪の家の提案など)が紹介された。
 つづいて、新潟大学の和泉薫氏が「妻有(十日町地区)の雪文化はとても興味深い!」、また、越後雪かき道場筆頭師範代の上村靖司氏が「雪かきを交流資源に~越後雪かき道場~」という題でプレゼンテーションをした。大ホールは満席。講演中は笑いが絶えなかった。演者の四人と司会の新潟大学の河島克久氏は、雪が好きでたまらないという方々とお見受けした。写真1の河島氏(左はし)のネクタイの模様と、着物姿の和泉氏の生地の柄を見て欲しい。雪の結晶、つまり、雪華また雪華である。雪の研究と雪の文化は、こういう人達によって支えられている。
 翌25日は、十日町試験地の特別公開に参加した。芝生の観測露場には、最新式の測定機器が並んでいる。高い機械を買い揃えただけではない。結露防止のためのブロアーの設置、紐状の雪積を溶かす電熱線被覆。無人記録のための工夫がいっぱいだった。また、雪崩防止研究のための実験斜面と、雪積移動量測定のための地下室を見学した。この施設で得られたデータは、膨大な量の研究論文となって公表されている。大学へ転出した研究者も多い。
 観測フィールドの目玉は、年最大積雪深グラフである(写真2)。毎年の最大積雪深を金属製のポールを並べて表現している。100年の間、雪が多い年もあれば、少ない年もある。最大の積雪深は425㎝。最小は81㎝。現在の十日町市の人口は約4万5千人。4mを超える雪の中の生活は、外の者には想像がつかない。苦しいことばかりではなく、楽しいことも多いということが講演により分かった。滞在した試験地の職員には、100年間の継続観察があるから、様々なものが見えてきたのだろう。

2017年9月 田中 潔

  • 講演者とスタッフ
    写真1 講演者とスタッフ
  • 毎年の最大積雪深を ポールで表現したグラフ
    写真2 毎年の最大積雪深をポールで表現したグラフ